1421年(世宗3) 泰仁県監であった安起が泰仁郷校を新築した。
1589年(宣祖22)県になり、初代県監に李舜臣が派遣された。 慶長の役の時に柳春馝·李許樑·柳景仁·柳希津らが義兵をおこして戦ったが戦死した。1689
年(粛宗15)西人の領袖(りょうしゅう)であった宋時烈が流配地の濟州からソウルまで押送されている時、この地方に着いて死薬を受け取った。
1782年(英祖4) 泰仁県監の朴弼顯が李麟佐と共謀して反乱を起こしたがすぐに鎮圧された。
特に、朝鮮時代の井邑地方はソンビ(士人・学者)の故郷として知られており、多くの書院や祠宇が建てられた。




